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福島地方裁判所 昭和63年(行ウ)4号 判決

福島県いわき市平山崎字熊ノ宮八〇番地

原告

志賀創

右訴訟代理人弁護士

鶴見祐策

福島県いわき市平字菱川町六丁目三番地

被告

いわき税務署長 前田磨

右指定代理人

中條隆二

阿部洋一

舟越俊雄

佐藤勉

斎藤正昭

大沼長四郎

右当事者間の課税処分取消請求事件について、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(原告の請求の趣旨)

被告が、昭和五八年三月一一日付で、原告に対してした更正処分のうち、昭和五四年分所得税について所得金額五一二万八五〇〇円、昭和五五年分所得税について所得金額四七八万五〇〇〇円及び昭和五六年分所得税について所得金額四三七万八七六〇円を超える各部分(但し、昭和五四年分については審査請求で取り消された部分を除く。)並びに昭和五四年、昭和五五年、昭和五六年分の過少申告加算税の各賦課決定処分(但し、昭和五四年分については審査請求で取り消された部分を除く。)は、これを取り消す。

(原告の請求の原因)

一  原告は、学校法人志賀学園の理事長である。

二  原告は、昭和五四年分、昭和五五年分及び昭和五六年分の所得税について、次のとおり記載した確定申告書を、それぞれ、法定期限内に被告に提出した。

昭和五四年分

総所得金額 五一二万八五〇〇円

(内訳)不動産所得の金額 六三万九〇〇〇円

給与所得の金額 四四八万九五〇〇円

納付すべき税額 一七万六九〇〇円

昭和五五年分

総所得金額 四七八万五〇〇〇円

(内訳)不動産所得の金額 六三万九〇〇〇円

給与所得の金額 四一四万六〇〇〇円

納付すべき税額 一〇万八三〇〇円

昭和五六年分

総所得金額 四三七万八七六〇円

(内訳)不動産所得の金額 五六万九〇〇〇円

給与所得の金額 三八〇万九七六〇円

納付すべき税額 一二万六六〇〇円

三  被告は、昭和五八年三月一一日付で、各年分について次のような更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。

昭和五四年分

総所得金額 一七四四万四五九八円

(内訳)不動産所得の金額 六三万九〇〇〇円

給与所得の金額 一六八〇万五五九八円

納付すべき税額 一七三万三二〇〇円

過少申告加算税 七万七八〇〇円

昭和五五年分

総所得金額 一三七七万四一六七円

(内訳)不動産所得の金額 六三万九〇〇〇円

給与所得の金額 一三一三万五一六七円

納付すべき税額 九五万四九〇〇円

過少申告加算税 四万二三〇〇円

昭和五六年分

総所得金額 三〇九六万九一八六円

(内訳)不動産所得の金額 五六万九〇〇〇円

給与所得の金額 三〇四〇万〇一八六円

納付すべき税額 二〇九万六八〇〇円

過少申告加算税 九万八五〇〇円

四  原告は、右の各処分を不服として昭和五八年五月六日に異議申立をしたが、被告が同年八月四日にこれを棄却したので、同年九月五日に国税不服審判所長に審査請求したところ、国税不服審判所長は、昭和五四年分の給与所得を一六三三万九五一四円に減額し、同年分の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分の一部を取り消したほか、その余の審査請求を棄却した。

取消し後の金額は次のとおりである。

昭和五四年分

総所得金額 一六九七万八五一四円

(内訳)不動産所得の金額 六三万九〇〇〇円

給与所得の金額 一六三三万九五一四円

納付すべき税額 一五〇万〇二〇〇円

過少申告加算税 六万六一〇〇円

右裁決書の謄本は、昭和六三年六月一四日に原告に送達された。

五  ところで、被告は、学校法人志賀学園の剰余金を過大に算定したうえ、理事長である原告の賞与と認定し、給与所得に加算して本件各更正処分を行ったものであるが、私立保育園の経営について認識の乏しい被告の係官が実情を無視して志賀学園に対して強権的な調査を行ったうえ、それに異議を述べた原告に対して報復的に本件更正処分と加算税の賦課決定を行ったものであって、実体的にも手続的にも違法である。

すなわち、被告の係官は昭和五八年五月ころ、突然目的も告げずに志賀学園を訪れ、ことわりもなしに職員室に入り、机の中から帳簿等を取り出して披見したり、職員に対して粗暴な振舞いに及んだりした。原告が抗議したところ、その後は、原告の留守に臨場し、職員に威嚇的な態度をとりながら同意なく職員室の机の中を捜索した。これらの行為は任意調査としての質問検査権の要件を逸脱する違法なものといわねばならない。

(被告の答弁)

第一本件課税処分の経緯について

一  原告の昭和五四年分ないし同五六年分の所得税の確定申告にかかる課税の経緯は、次のとおりである。

1 昭和五四年分

〈省略〉

〈省略〉

2 昭和五五年分

〈省略〉

3 昭和五六年分

〈省略〉

二  本件課税処分に至る経緯は、次のとおりである。

(原告の各係争年分の確定申告について)

学校法人志賀学園の理事長の職にある原告は、被告に対し、前記のとおり、〈1〉昭和五五年三月一五日、同五四年分の総所得金額を五一二万八五〇〇円(内訳、不動産所得の金額六三万九〇〇〇円、給与所得の金額四四八万九五〇〇円)、納付すべき税額一七万六九〇〇円とする所得税の確定申告書を、〈2〉同五六年三月二日、同五五年分の総所得金額を四七八万五〇〇〇円(内訳、不動産所得の金額六三万九〇〇〇円、給与所得の金額四一四万六〇〇〇円)、納付すべき税額を一〇万八三〇〇円とする確定申告書を、〈3〉同五七年三月一日、同五六年分の総所得金額を四三七万八七六〇円(内訳、不動産所得の金額五六万九〇〇〇円、給与所得の金額三八〇万九七六〇円)、納付すべき税額を一二万六六〇〇円とする確定申告書を、それぞれ提出した。

なお、原告は、昭和五四年分の確定申告書の提出に当たり、同確定申告書の附属書類として、不動産所得の収入金額及び必要経費の金額を記載した「収支計算書」を提出している。

(本件課税処分に係る調査等について)

1  学校法人志賀学園の源泉所得税調査に至るまでの経緯

(一)  昭和五五年一一月ころ、被告所部職員である青木上席国税調査官らが、いわき税務署管内で保育園を経営する法人の源泉所得税調査を実施したところ、調査対象法人の全てに収入の除外、経費の水増し計上などの事実が認められ、更に、これにより生じた簿外剰余金が当該法人役員の個人的費消に充てられているにもかかわらず、所得税の源泉徴収が行われていないことが判明した。

(二)  右調査対象法人と同様に、同種法人においても収入の除外、経費の水増し計上などにより生じた簿外剰余金が当該法人役員の個人的費消に充てられているのではないかと想定されたことから、昭和五六年二月ころ、被告は、いわき税務署の会議室において、同署管内で保育園を経営する法人に対し、自主的に源泉所得税の見直しを行ってもらいたい旨を説明し、その結果を書面で提出するように要請して「源泉所得税の自主結果是正報告書」と題する用紙を交付した。

(三)  社会福祉法人蛍保育園を除く法人は、右報告書に見直しを行った結果を記載して提出したが、蛍保育園は、同報告書を白紙で提出し、被告の再度の見直し要請にも「間違いがない。」として応じなかったので、被告は、同保育園に対し源泉所得税の臨場調査を実施することとした。

(四)  被告所部職員である草野国税調査官は、事前に連絡の上、昭和五六年四月に蛍保育園に臨場して同保育園の源泉所得税の調査に着手し、翌日からは青木上席も同行して同年の九月ころまで調査を続行した。

(五)  蛍保育園に対する右調査の結果、収入除外や給与の水増し計上などの事実が認められ、これにより生じた簿外剰余金は、蛍保育園から同保育園理事長志賀トシエ(原告の妻)に対する臨時的な給料と認められるもの(以下「認定賞与」という。)であり、これについては所得税の源泉徴収がなされていないことが確認された。

2  志賀学園に対する源泉所得税調査について

(一)  蛍保育園の右調査結果から、トシエが理事を務める志賀学園においても同様のことが行われているのではないかと想定されたので、被告は、同学園に対しても源泉所得税の臨場調査を実施することとした。

(二)  昭和五六年一〇月、青木上席と草野調査官は、事前に連絡の上志賀学園に臨場し、面接した同学園理事長である原告及び同学園の経理実務を担当している藁谷事務員らに志賀学園の源泉所得税調査を行うことを告げて同学園の源泉所得税調査に着手し、その後の調査は、同人ら及び同学園の関与税理士である泉止の立会いのもとに、進められた。

(三)  青木上席らは、調査により判明した実際の取引と志賀学園の公表帳簿の記載内容が相違することなどについて、その都度、あるいは、まとめて、原告及び藁谷事務員に説明を求めたが、明確な回答は得られなかった。

(四)  最終的に、右調査の結果、収入除外や給与の水増し計上などの事実が判明し、これにより生じた簿外剰余金は、志賀学園から原告に対する認定賞与となること、また、源泉所得税が徴収漏れとなっている原告への役員報酬の支払(以下、右認定賞与と合わせて「本件認定賞与等」という。)があることが確認された。

3  志賀学園及び蛍保育園に対する納税告知処分について

(一)  被告が志賀学園に対し納税告知処分をする数日前に、青木上席、草野調査官及び被告所部職員である岡崎統括国税調査官は、来署した志賀学園理事長である原告、泉税理士らに対し、前記源泉所得税の調査内容を説明し、「居住者に対し国内において給与等の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月一〇日までに、これを国に納付しなければならない。」こととされていることから、志賀学園に対して本件認定賞与等に係る源泉所得税を自主的に納付するよう指導したが、原告はこれに応じなかった。

(二)  しかし、その後、原告からは具体的な反論も証拠の提出もなかったことから、被告は、志賀学園及び蛍保育園に対して、昭和五六年一二月二五日付で源泉所得税の納付を催告する納税告知処分を行った。

(三)  右処分は、志賀学園及び蛍保育園が被告に対して異議申立てをしなかったため、適法に確定している。

4  原告に対する所得税調査について

(一)  昭和五七年九月、被告所部職員である佐々木統括国税調査官は、原告に対し、本件認定賞与等は所得税法二八条一項に規定する給与所得に該当するので、当初確定申告に係る給与所得の金額に右認定賞与等の額を加えて所得税額を計算し、増加した所得税額から志賀学園が本件認定賞与等につき源泉徴収すべき税額を控除して係争各年分の所得税の修正申告を行うよう泉税理士を介して指導した。

(二)  昭和五七年一一月二九日、被告所部職員である菊地統括国税調査官は、来署した原告及び泉税理士らに対し、志賀学園に対する源泉所得税調査の内容と原告の係争各年分の所得税の修正申告について説明を行い、更に同五八年一月には、いわき税務署の幹部が来署した泉税理士を介して原告に係争各年分の修正申告を行うよう指導した。

(三)  昭和五八年三月四日、佐々木統括官は、泉税理士事務所において、泉税理士を介して原告に係争各年分の修正申告を行うよう文書により指導をしたが、同月九日、原告は、泉税理士を介して、修正申告の提出には応じられない旨回答した。

(四)  被告は、昭和五八年三月一一日付で係争各年分について更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件更正処分等」という。)を行った。

5  本件更正処分等に係る不服申立てについて

(一)  昭和五八年五月六日、原告は、本件更正処分等に係る異議申立てを行ったが、被告は、昭和五八年八月四日付で、右異議申立てに対し、いずれも棄却の決定を行った。

(二)  昭和五八年九月五日、原告は、右異議決定を不服として国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、国税不服審判所長は、昭和六三年五月三一日付で、昭和五四年分については一部を取り消し、同五五年分及び同五六年分については棄却の裁決をした。

第二本件課税処分の適法性について

一 本件課税処分手続の適法性

本件課税処分の手続は適法である。

1(一)  被告は、志賀学園に対する源泉所得税の調査で本件認定賞与等を確認し、昭和五六年一二月二五日付で右認定賞与等に係る源泉所得税について納税告知処分を行ったが、右納税告知処分は、同学園から被告に対する異議申立てがなされることなく、適法に確定している。

ところが、原告から右認定賞与等に係る所得税の修正申告書の提出がなかったことから、被告は、昭和五七年九月以降再三にわたり原告に対し泉税理士を介して右修正申告書を提出するよう指導したが、原告がこれに応じなかったため、同五八年三月一一日付で本件更正処分等を行ったものである。

(二)  原告は、「本件更正処分等は、志賀学園に対する被告の強権的な調査に異議を述べた原告に報復的に行ったものである。」旨主張する。

しかしながら、原告は、本件認定賞与等を加算したところで所得税の修正申告書を提出すべきことの必要性を認識していながら、被告の再三にわたる指導にもかかわらず、「志賀学園に対する納税告知処分に不服な点がある、税務署長が来て説明すべきである」と述べるのみで、右修正申告書を提出しなかったので、被告は、国税通則法二四条の規定に基づき本件更正処分を行ったものである。原告の主張は失当である。

(三)  原告は、「本件課税処分は、税務署長のなすべき調査(国税通則法二四条)によらないで行われた。」と主張するが、国税通則法二四条にいう「調査」とは、課税庁の証拠資料の収集、証拠の評価、課税要件事実の認定、税法その他の法令の解釈適用を経て更正処分に至るまでの思考、判断を含む極めて包括的な概念であると解されるところ、すでに収集した資料を基礎として内部において調査し、正当な課税標準を求めることも、またここにいう「調査」であると解されているものである。

本件において、原告に対する所得税調査を担当した佐々木統括官及び小林総括上席国税調査官は、原告宅への臨場調査はしなかったものの、原告が提出した係争各年分の確定申告書、志賀学園の源泉所得税調査に係る調査事績、右源泉所得税調査に基づく納税告知処分及び同処分に係る不服申立ての有無などを検討するなど、独自の調査を行い、本件認定賞与等の額を加算したところで原告の給与所得の金額を算出したものである。原告の主張は失当である。

2  志賀学園に対する源泉所得税調査の適法性について

原告は、志賀学園に対する源泉所得税の調査が違法なものであったとして本件更正処分等の取り消しを求めているが、本件更正処分等は、右源泉所得税の調査とは対象者を異にした別個の調査に基づいて行われたものであるから、本件更正処分等の違法性を判断する上で、右源泉所得税調査手続の違法性を論ずる余地は全くない。

志賀学園に対する源泉所得税の調査に関する原告の主張は、本件更正処分等の取消しを求める理由とはなり得ないものである。

被告の調査担当者が志賀学園の調査を行うにあたって、原告が主張するような違法、不当な行為をした事実はない。青木上席らは、原告及び関与税理士に面接し、源泉所得税の調査を行うこと、調査にあたっての関係書類の提出及び質問に答える等の協力をしてほしい旨の説明と要請を行い、原告、関与税理士、事務職員等の立会いのもとに調査に着手したものである。その後の調査においても、志賀学園の関係資料は未整理のものが多く、内容の点検、事実関係についての質問、資料の整理・取りまとめ等に日時を費やしたものの調査は円滑に行われたものであり、原告が述べるような事実は全くない。

3  志賀学園に対する納税告知処分の適法性について

(一)  被告は、志賀学園に対し適法な源泉所得税の調査を行い、その結果、本件認定賞与等を確認した。

被告は、右調査結果を志賀学園理事長である原告及び泉税理士らに説明し、志賀学園に対して右認定賞与等に係る源泉所得税を自主的に納付するよう指導したが、同学園は右源泉所得税を納付しなかったので、被告はその納付を催告するため国税通則法三六条の規定に基づき、昭和五六年一二月二五日付で納税告知処分を行った。

右告知を受けた志賀学園は、右納税告知処分に対して不服があるときは、一定の不服申立期間内に被告に対して異議申立てをすることができるが、同学園は被告に対して異議申立てをしなかったため、右納税告知処分は適法に確定している。

(二)  原告は、「被告の行った志賀学園に対する納税告知処分に対し、口頭により異議申立てをしたが、被告は、異議申立ては、書式にのっとってなすべきことの教示をすべき義務があるのに、これをしていなかった。」旨主張するが、失当である。

不服申立ての方法について、行政不服審査法九条は、「他の法律に口頭ですることができる旨の定めがある場合を除き、書面を提出していなければならない。」と規定しているところ、国税通則法には口頭による不服申立てを認めた規定がないことから、納税告知処分に対する口頭による不服申立ては法律上許されない。また、行政不服審査法は、不服申立てを書面で行うことについての教示をすることを要求していない(五七条一項)。なお、被告は、右納税告知処分を行うに際して、既に行政不服審査法五七条一項に定められているところの教示すべき事項は、全て教示している。

まして、税務代理行為を業とする泉税理士が異議申立ての申立期間及び方法等について知らないわけがなく、また、本件更正処分等に対する異議申立てを期限内に書面で行っていることからしても、右納税告知処分に対する異議申立てを書式にのっとってなすべきことの教示がなかったので、口頭により異議申立てを行った旨の原告主張は到底措信し難い。

二 本件課税処分の根拠

1  志賀学園に対する源泉所得税調査の結果、本件認定賞与等が確認されたことに基づいて、被告は、昭和五六年一二月二五日付で同学園に対して源泉所得税の納税告知処分を行った。

この納税告知処分について、志賀学園は被告に対して異議申立てをしなかったため、右納税告知処分は適法に確定した。

原告に対する本件課税処分は、本件認定賞与等が所得税法二八条一項に規定する給与所得に該当することから、原告が申告した給与所得の額に本件認定賞与等を加えて所得税額を計算し、その増加した所得税額から志賀学園が右認定賞与等につき源泉徴収すべき税額を控除したところの計算において行われたものである。

2  認定賞与なでの内訳について

被告は、志賀学園の源泉所得税の調査を行うにあたって、事業年度(毎年四月一日から翌年三月三一日となっている。)ごとに順を追って実施したのであるが、本件課税処分は、原告の所得税に対するものであり、所得税の計算期間は、その年の一月一日から一二月三一日までの一年間(暦年単位)であることから、各年分ごとに区分し、現実に認定賞与の支給を受けた日(その日が明らかでない場合には、その支給が行われたと認められる事業年度の終了の日)がいつかにより、次のように計算した。

(一)  昭和五四年分認定賞与等の内訳

〈省略〉

(二)  昭和五五年分認定賞与等の内訳

〈省略〉

(三)  昭和五六年分認定賞与等の内訳

〈省略〉

3  係争各年分の給与所得の金額

右(一)ないし(三)の各年分の認定賞与等の額を基にして、原告の給与所得の金額の計算結果は、次の表のとおりである。

〈省略〉

4  係争各年分の総所得金額

以上により、原告の係争各年分の総所得金額は、次の表のとおりとなる。

〈省略〉

三 認定賞与等の具体的内容について

1  給与の水増し計上により生じた簿外剰余金

志賀学園では、昭和五三年四月から昭和五六年九月までの間において、次のとおり期末手当、夏期手当、各月分の給与の支給にあたり、実際に支給した金額よりも多い金額を支出していた旨の水増し処理をしていた。右給与の水増し分が簿外の剰余金である。

〈省略〉

2  物品あっせん等により生じた簿外剰余金

(一)  志賀学園では、入園児童に対して、〈1〉幼児教育のための各種教材、遊具の支給、〈2〉健康保育のための給食、肝油の配給、〈3〉幼稚園の年中行事である遠足、芋煮会、観劇等の実施、〈4〉園服をはじめとする服装品等の支給、〈5〉情操教育のための音楽教育、メロディオン、映画等の実施その他を幼児保育、教育にあわせて行っていた。

志賀学園は、これらの必要品の支給のための費用、諸行事の遂行に要する費用を園児を通じて保護者より集金する一方、業者等に対してその対価を支払っていたが、昭和五三年四月より昭和五六年九月までの間におけるこれらに関する収入(園児を通じての集金)及び支出(業者等に対する対価の支払)は、多くの部分が帳簿に計上漏れとなっていた。その内訳は別表記載のとおりである。その収入と支出の差額が簿外の剰余金である。

青木上席らが把握した人数、単価、金額等は、志賀学園から提出された帳簿書類の写し、青木上席らが、帳簿書類を調査し、志賀学園と取引をした業者に対して反面調査をし、志賀学園の事務員から聴取した内容に基づいて作成した調査メモ、志賀学園の事務員が作成して提出した事務員メモ等に基づいて算定したものである。

原告は、被告の係官が推測した志賀学園の園児の数は不正確である。志賀学園の園児の数は、高橋恵美子の作成した表(甲第一〇号証)のとおりである、と主張する。しかし、青木上席らが算定した園児の数は、変動があれば変動した後の数としたものであり、正確なものである。当時から一〇年以上も経過した後に作成された高橋恵美子の表よりも、青木上席らが直近に把握した園児数の方が正確である。

(二)  原告は、「物品のあっせん等は、園児の保護者からの預かり金としてあくまでも志賀学園の経理とは別個独立の会計として処理されており、仮に年度内に余剰があれば、当然次期に繰り越されるものである。」と主張する。 しかし、青木上席らによる志賀学園の源泉所得税調査においては、原告が主張している会計処理が行われていたことは確認されず、同学園からも原告の主張を裏付けるような証拠書類の提示も一切なく、また、本件更正処分等に係る申告所得税調査及び本件更正処分等に係る異議申立て審理の段階においても、原告からは、右主張を裏付ける証拠書類の提示は一切行われなかったものである。

物品あっせん等に関する事業は、内容的にも志賀学園が幼稚園を運営していく上で必然的に発生するものであるし、その事務も全て同学園の事務員が行っていることからみても明らかなように、志賀学園の幼稚園の運営事務とは密接不可分のものである。

あっせんした物品の仕入代金の支払状況をみても、園児の父兄から徴収した金銭からのみ支払っていたものではなく、一部は物品の購入代金として志賀学園の自己の資金のなかからも支払われていた。更に、志賀学園は、物品のあっせん等を、幼稚園児の父兄に配布した自己の経営する幼稚園の行事予定表、幼稚園での注意事項及び保育料の内訳等を記載したパンフレット等を通じて行っており、その集金も保育料受領と同じ受領印で行っていた。同学園が、物品あっせん等に関する事業を自己の本来の事業と区別することなく行っていたことは明白である。

なお、右のパンフレットには、物品あっせん等に関し特別会計を設け、余剰があれば次期に繰り越すというような記載は全くない。志賀学園は、物品あっせん等に関して余剰が生じた場合は、自己に帰属するものと考えていたものである。

3  リード合奏会等に関する簿外剰余金

志賀学園の幼稚園児らは、毎年二月に東京都で開催される全国幼稚園リード合奏大会に参加していたが、志賀学園ではそのために後援会費として毎月一定額を徴収して、これを積立て、参加園児の音楽練習のための講師の宿泊費、旅費、食事費に充てていた。

ところで、志賀学園は、右講師の宿泊費等のために、自己の資金の中からも一部支出を行い、志賀学園の経費として計上しているが、右支出の中には既に後援会費から支払われているものも含まれている。この重複支出部分は志賀学園の簿外剰余金である。

また、志賀学園は、リード合奏大会の参加費用及び卒園のために必要な費用を後援会費とは別に園児の父兄から徴収して、それらの費用に充てることとしていたが、志賀学園が実際にそれらの費用に充てていた金額は父兄からの徴収額に満たない金額であり、その満たない部分については父兄に返還されておらず、かつ、志賀学園の剰余金としても計上されていなかった。これは簿外の剰余金である。

右簿外剰余金の内訳は別表のとおりである。

(1)  昭和五三年度分

志賀学園は、東京音大研修会の研修費として、昭和五三年八月三日に二一万三八六〇円を支出したと経理しているが、右経費については、リード合奏後援会費から、同時期に東京音大講習会一〇名分の宿泊旅費として既に二〇万三〇〇〇円が支出されている。

志賀学園は、経費として計上した二一万三八六〇円のうち、右後援会費から支払われた二〇万三〇〇〇円を超える部分のみを支払っていたものである。二〇万三〇〇〇円に相当する部分は、実際に支出していない経費を計上したものである。

(2)  昭和五四年度分

昭和五四年度分についても、同五三年度分と同様の理由により、志賀学園が経費として計上した金額のうち、リード合奏後援会費から支払われた金額に相当する次の金額については、実際に支出していない経費を計上したものである。

〈省略〉

(3)  昭和五五年度分

昭和五五年度分についても、同五三年度分と同様の理由により、志賀学園が費用として支出したとする同五五年一〇月一〇日の鈴木和子講師の宿泊食事代二万五〇一四円及び同年一一月二六日の大場講師の宿泊旅費等の代金一一万六六四〇円、合計一四万一六五四円は、実際に支出していない経費を計上したものである。

リード合奏大会への参加及び卒園に係る行事等は全て志賀学園の事業の一環として行われていたものである。 リード合奏大会への参加費用等に関しては、パンフレット及びリード合奏大会への出場経費の内訳書の記載内容からみて、剰余金が発生しても、園児の父兄に返還されるものではなく、志賀学園に帰属する性格のものであることは明白である。

リード合奏後援会決算報告書によっても、剰余金が発生しても次期繰越金としている事実がないことは明らかである。

4  志賀学園は、長瀬博文から、昭和五四年三月三一日に、いわき市常磐上矢田町南ノ内四番地一山林一三二二平方メートルを代金二〇〇万円で買い受けたにもかかわらず、これを六〇〇万円で買い受けたように帳簿に記載した。この差額の四〇〇万円は簿外の剰余金である。

5  志賀学園は、四倉工作所から、昭和五五年五月一五日に、いわき市四倉町戸田字五反田一四四番田六〇三平方メートル外四筆を代金八〇〇万円で買い受けたにもかかわらず、これを二四〇〇万円で買い受けたように帳簿に記載した。 この差額の一六〇〇万円は簿外の剰余金である。

6  保育室の増築工事に関する簿外剰余金

志賀学園は、昭和五四年度にヤマカネ志賀建設に対し保育室の増築工事代金として四三七万円の支払をしただけであるにもかかわらず、七二〇万円の支払をした旨の計上をしている。

この差額の二八三万円は簿外の剰余金である。

7  ピアノ購入に関する簿外剰余金

志賀学園は、昭和五四年一月二六日と同年三月二八日に株式会社河合楽器製作所平営業所からピアノを購入したことがないにもかかわらず、それぞれ、ピアノを四三万円で購入したと計上している。

右ピアノの購入代金であるとした八六万円は簿外の剰余金である。

8  全国学校法人幼稚園連合会第九回全国教研大会(京都大会)に関する簿外剰余金

志賀学園では昭和五五年七月に京都市で開催された京都大会に三名が参加した。 志賀学園は、その宿泊、旅費として、昭和五五年七月二三日に一一万九九四〇円と六万円(但し、そのうちの一〇八〇円は過払として返還されている。)の支払をしたと記帳したうえ、同年八月九日にも一四万四二二〇円の支払をしたと帳簿に記帳している。

しかし、右一四万四二二〇円の記帳は、七月二三日付の支出と重複して記帳していたものである。(なお、京都市炭屋旅館に宿泊した分については、クーポン券四万五〇〇〇円のほかに一万八八四〇円の追加精算払をした。)

従って、重複して記帳された一四万四二二〇円から追加精算払をした一万八八四〇円を控除し、過払として返還された一〇八〇円を加算した一二万六四六〇円は、簿外の剰余金である。

9  福島県学校法人幼稚園教員研究大会(県法幼研究大会)費に関する簿外剰余金

志賀学園は、県法幼研究大会費として、昭和五五年一〇月七日に二〇万八〇〇〇円、同月一七日に二〇万八〇〇〇円の支出をしたとして会計処理をしているが、重複した支出であるから、二〇万八〇〇〇円は簿外の剰余金である。10 中国旅行に関する認定賞与

(一)  志賀学園は、昭和五四年五月一日に研修費用として株式会社ビデオジャポニカに対し八五万六〇〇〇円の支払をしているが、これは原告の中国旅行のための費用であり、原告に対する賞与と認定されるものである。

原告の中国旅行は、志賀学園の業務の遂行上必要なものであるとは認められない。

(二)  原告は、「昭和五四年の中国旅行は、株式会社ビデオジャポニカが主催した『第三次日中幼児教育訪中団』に志賀学園の理事長である原告と平第一幼稚園園長の志賀トシエが参加したものであって、同年六月四日から六月二〇日までの一七日間の日程で北京、重慶、武漢、広州、香港を歴訪し、中国各地の幼児教育の現場を視察したものである。この行動記録と報告書は印刷物として刊行されている。」として、「第三次日中友好幼児教育者訪中団行動記録・報告書」(甲第四号証)と題する書証を提出している。

しかし、原告の中国旅行の内容を明らかにするものとして甲第四号証が存在していたのであれば、青木上席らに対して何故これを提示しなかったのか、甲第四号証は表紙が活字になっているだけで他は手書きになっているが、それだけでは原告主張の「この行動記録と報告書は印刷物として刊行されている。」としているものと同一のものであるのか不明であるうえ、仮に中国旅行が右書証のとおり実施されていたとしても、次のとおり、志賀学園の業務の遂行上必要なものとは認められない(原告の中国旅行に特に幼児教育のためといった具体的な目的を有していたとは認められない。)。

(1) 志賀学園は幼稚園を経営する学校法人であるが、甲第四号証の行動記録によれば、全行程のうち原告らが幼稚園を視察したのは、第二日「第一商業局付属幼稚園」二時間二五分(次の予定地への移動時間を含む。以下同じ。)、第三日「北京師範付属実験幼稚園」三時間、第六日「巴蜀幼稚園」三時間一〇分、第一二日「付属幼稚園」一時間、に過ぎないものであって、他は観光に当てられている。

(2) 甲第四号証の団員名簿によれば、団員二一名のうち幼稚園関係者は、一〇名である。

(3) 原告は、「重慶の巴蜀幼稚園その他を見たことの報告書を書いた。」と供述しているが、これまで原告が書いたという報告書なるものは提出されていない。

11  課税漏れ役員報酬

(一)  志賀学園は、昭和五四年三月分として三〇万円、昭和五五年三月分として三五万円、昭和五六年三月分として三五万円を、その他の人件費支出として、役員報酬の費用計上をし、その中には原告に対するものとして各年度に五万円が含まれているが、これらの役員報酬については、いずれの年分も源泉所得税が徴収漏れとなっていたものである(給与支給明細書、源泉徴収簿のいずれにも記載されていなかった。)。

これは原告の給与所得に該当するものである。

(二)  原告は、「役員報酬というのは名目であって、理事長、園長の分は理事会出席者の接待費用であり、その他の理事の分は交通費等の実費である。」

というのであるが、交通費等の実費であるというのに、交通手段、距離、出席回数に関係なく一律に支払われていたり、理事長及び園長の分のみが接待費に充てられているというのは不自然であり、到底措信し難い。

右役員報酬について、志賀学園は、「人件費支出」の「その他の支出」として処理していること、支給を受けたのは同学園の理事長、理事、監事であり、その支払額は一律年額五万円であることからすれば、右役員報酬は、志賀学園が理事長を含む理事等に対し労務の対価若しくは役務の対価として支払ったものであることは明らかであり、給与所得に該当する。

ところで、給与所得の金額は、給与等の収入金額から給与所得控除額を控除して計算される(所得税法二八条二項)のであるから、仮に、右役員報酬が接待費用に充てられたとしても、給与所得の計算上影響はない。

四 以上の簿外剰余金は、原告に対して賞与として支給されたものである。

原告は、志賀学園の経理、運営等一切の実権を掌握していたものであり、その指示で生じた簿外剰余金に係る現金、預金を管理支配していたものであるが、その使途について具体的かつ合理的な説明をしていなかったものである。

第三まとめ

以上のとおり、係争各年分の更正処分(昭和五四年分については、審査裁決により一部取り消されている。)は、いずれも原告の各年分の総所得金額の範囲内でなされているものであるから、いずれも適法である。

また、本件各更正処分により納付すべき税額の基礎となった事実が、各更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法六五条二項(昭和五九年法五号改正前)に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条一項の規定に基づいて、過少申告加算税を賦課決定した処分も適法である。

(原告の反論)

一  本件の課税処分は昭和五六年の青木誠係官らによる社会福祉法人蛍保育園に対する税務調査に始まるものである。この税務調査は、民営保育所における法外児(自由契約児)に関する課税問題に端を発している。保育所では園児の定員があらかじめ決められており、その構成に従った職員が配置されていて、それら園児の定員に応じて措置費が支払われていた。

ところが、この原則を厳格に適用すると、矛盾が生まれ、社会問題に発展せざるを得ないのが現実である。すなわち、現実には、保護者がいなかったり、親が子供を他に託して長時間働かなければ生活を維持できない家庭が多いからである。それらの児童を、定員外であるからとか、法律上の要件がない(行政から措置費の支払を受けられない)からという口実でもって、保育から排除することはできない。役所もその処置に窮すると、民営の保育所に連絡をとり、何とか引き取ってほしいと要請してくるが、これは建前は違法であるから、非公式のものとされている。これが法外児とよばれるものである。

ところで、法外児については、保護者から対価を受け取ることとなるが、当時の相場では月額三万円程度とされていた。しかし、蛍保育園では保育料を月額一万円(零才児は一万五〇〇〇円)という低額に押さえていた。しかも、他の保育所では引き取りたがらない零才児を積極的に受け入れていたから、相当数の保母を員数外で補わなければならなかった。 税務当局は、この法外児の保護者から受領していた保育料に課税の目を向けたのである。いわき税務署は、民営の保育所を招集して、説明会を行い、法外児の人数を自主的に申告することを求めた。

原告は、法外児の引き取りは、現実の要請とはいえ、法律に適合しない措置であることに鑑み、これを公然化することによって、監督官庁に迷惑が及ぶことが予想されたので(これに応じたのでは、法律の建前としては違法とされている法外児の存在を公然化させ、県や市の社会福祉、児童家庭課などの官署に迷惑を及ぼしかねないからである。)、最後までこれに協力しなかった(ほかの保育所は、税務当局のこの要求に応じた。)。

そこで、これに協力しなかった蛍保育園に対して本件の税務調査が行われることになったものである。これは報復的な調査としか考えられないものである。

二  被告の係官が行った本件調査の方法は極めて乱暴なものであった。本件調査は、何らの事前の予告もなく突然の臨場に始まって、まことに強圧的なものであり、粗暴であった。保育園の職員に対して消しゴムや鉛筆をぶつけたり、勝手に机を探索して書類を引っ張り出して持ち去ったり、原告に対する不当な誹謗をしたり、保育中に保育室に入って妨害したり、銀行関係の反面調査を強行したり、様々な資料を臨場の都度、勝手にコピーし、あるいは大量に持ち帰るなど傍若無人に振舞った。青木係官らは、資料を借り受ける際にも、明示の承諾を求めたり、預かり証を交付したりしなかった。 原告は、青木係官らに対し、その非を咎めて退去を求めた。

ところが、同係官らは、それに対する報復措置として、原告が理事長を勤めている志賀学園にも調査の矛先を向けてきて、波状的に臨場を繰り返し、その都度、原告の諒解なく学園の運営に関する様々な資料を持ち去ったものである。そのうち少なからぬ部分が所在不明にさせられている。

三  青木係官らの本件税務調査は、社会通念に照らして相当性を欠くものであるから、これに基づく本件課税処分も違法であり、無効である。

原告は被告から本件調査の内容、その結果、認定賞与とした根拠については何ら具体的な説明を受けていない。 少なくとも原告自身は本件課税処分に関して所得税法上の質問検査権の行使を受けた事実はない(原告に対する本件課税処分は国税通則法二四条の税務署長のなすべき調査によらないで行われたものと解さざるをえないものである。)。

被告の納税告知処分に対して原告は口頭により被告に異議を申し立てている。文書による異議申立てが定められているのであれば、被告にはその旨を原告に教示すべき当然の義務がある。文書による適式な申立てがないから、原告も志賀学園もその処分の正当性を背認していたものとすることはできない。

四1  給与の水増し計上により生じた簿外剰余金について

志賀学園に隣接して併設されていた蛍保育園は、定員を九〇名とされ、現行法上、補助金支給の対象となる児童(措置児)は、保護者がいない子や母子家庭の子などに限定されていた。

しかし、当時、子供を託して長時間働かなければならない差し迫った事情を抱える家庭は非常に多く、他に代替する施設がない以上、これを拒むことはできない実情であった。また、措置児の条件を備えていても、定員を超えるので、補助金の対象にされない場合も少なくなかった。

蛍保育園としては、法規上措置児の合わない児童や、措置児の条件に合っていても定員の関係で補助金の対象にならない児童については、これを自由契約児として受け入れていた。これは所轄官署においても受入れを要請していたところであって、蛍保育園に限らず、幼児を預かる施設においては広く行われていたものであった。

自由契約児に対する費用は保護者等から徴収していた。他の保育園では当時月額三万円ほどの費用を親から徴収して経費に充てていたが、蛍保育園では、そのような場合は、貧困の家庭が殆どであることを考慮して、これを月額一万円(但し、零才児については一万五〇〇〇円)という低額に押さえていた。そのため収支は完全な赤字であった。しかも、保母の数は児童数に応じて定められていたから、パートタイマーを雇用して実際の児童数にあわせた保母を配置せざるを得なかったのであるが、蛍保育園には措置児の分しか補助金が支給されず、必要な保母の人件費がないために、これを志賀学園の人件費をもって支弁していたものである。

2  物品のあっせん等により生じた簿外剰余金について

志賀学園において、入園児童に対して、被告主張のような幼児の保育、教育にあわせた必要品の支給や諸行事が実施されていたことは認めるが、その余は否認する。

これらの費用は、園児の保護者からの預かり金として、あくまでも志賀学園の経理とは別個独立の会計として処理されており、仮に、年度内に余剰があれば、当然次期に繰り越されるものである。計上漏れは存在しない。

被告の計算の根拠は、志賀学園の園児の数を推測し、これに想定する単価を乗じて推計したものであるが、被告の推測した園児の数も単価も事実とは異なったものである。

3  リード合奏会等に関する簿外剰余金について

リード合奏会の経費は、幼稚園児の保護者を中心に組織されているリード合奏後援会の会費と寄附金とでまかなわれているものであり、その不足があるときに、初めて志賀学園の法人会計から補われていたものである。志賀学園が実際に支出していないものを経費として計上することはありえないことである。

園児の父兄が積み立てている後援会費(基金)は、志賀学園とは別途会計であって、園児ごとに作った郵便貯金通帳を志賀学園において便宜保管している関係にすぎない。父兄から振り込まれた基金は、リード合奏大会に参加する等の必要が生じたときに引き下ろしてこれに充てていたが、足りない部分については志賀学園の法人会計から必要な限度で補っていた。これらの貯金は、あくまでも園児の父兄から預かっているものであるから、仮に中途で児童が退園する場合には、元利とも父兄に返還している。

従って、志賀学園に剰余金として残る性質のものではない。

4  土地取得に関する簿外剰余金について

(一) 志賀学園が長瀬博文から土地を取得したことは認めるが、その余は否認する。右土地の取得に要した費用は六〇〇万円である。

右土地は、そのままでは建物が建たず、地盤をコンクリートの杭で支えなければならないことが判明したため、志賀学園ではやむなく相当規模の土地造成と土木工事を行った。その費用は四〇〇万円である。志賀学園は、これを帳簿上土地取得に要した費用として計上したものである。

(二) 志賀学園が四倉工作所から土地を取得したことは認めるが、その余は否認する。

志賀学園は、四倉工作所から、その資金ぐりのために、当初二四〇〇万円で土地を売却したいという申入れを受けたことにより、福島相互銀行平支店に同額の二四〇〇万円の融資枠をとりつけたところ、その後四倉工作所から代金八〇〇万円で急ぎ処分したいという希望があり、その額で土地を取得することができた。

そのため銀行に対しては一六〇〇万円の融資枠の残があったところ、田畑学園久之浜第一幼稚園に対する援助を求められたことから、この融資枠を利用して志賀学園から田畑学園に一六〇〇万円の貸付けを行ったものである。

5  保育室の増築工事に関する簿外剰余金について

志賀学園がヤマカネ志賀建設に対し工事代金を支払ったことは認めるが、その余は否認する。

ヤマカネ志賀建設には、蛍保育園の三才児のクラス(保育室)を増築するのにあわせて、志賀学園の遊戯室の新設をも依頼したものである。その代金は合計七二〇万円である。

6  ピアノ購入に関する簿外剰余金について

志賀学園は下取りの方法でピアノを購入している。

志賀学園では償却年数が経過すれば、常に下取りによって楽器を更新している。

7  京都大会に関する簿外剰余金について

志賀学園が京都大会に参加したことは認めるが、その余は否認する。

8  県法幼研究大会費の簿外剰余金について

被告主張の県法幼研究大会費の会計処理がなされていることは認めるが、その余は否認する。

これは、出金の予定で一〇月七日付で伝票を作っていたものを、一〇月一七日に現金を出金した段階でも誤って二重に伝票を作ってしまったことによるものである。しかし、志賀学園では、これを現金出納帳に綴り直すときに気付いたことから、一〇月七日の分は除外している。従って、重複支出にはなっていない。

9  中国旅行に関する認定賞与について

昭和五四年の中国旅行は、中国における幼児教育の実際を探訪するために、教材会社の株式会社ビデオジャポニカの企画で実施された第三次日中幼児教育訪中団に志賀学園の理事長である原告と平第一幼稚園の園長である志賀トシエが参加したものである。原告らは、同年六月四日から二〇日まで一七日間の日程で、北京、重慶、武漢、広州、香港を歴訪し、中国各地の幼児教育の現場を視察したものであり、志賀学園における幼児教育の参考に供されているものである。

10  課税漏れの役員報酬について

被告主張の役員報酬は、報酬ではなく、理事会等を招集した際の交通費等の実費の概算代償である。

五  志賀学園には簿外の剰余金で取得したと推認できる資産は存在していない。原告にもそれに相当する資産の増加はなく、むしろ私財を減らしているのが実情である。

我が国の社会福祉や幼児教育の分野は、公的に多くの立ち遅れがあるため、民間の篤志に依存している面が大きいことは周知のとおりである。志賀学園の運営も原告の犠牲に負うところが少なくない。

被告の本件課税処分は、社会奉仕に献身している原告の立場を全く無視しているばかりでなく、逆に法人の運営から剰余金が生まれたとし、それでもって私腹を肥やしているかの如く邪推しているものであり、原告としては到底容認し難いところである。

(被告の反論)

蛍保育園に対する源泉所得税の調査について

一  被告は、管内で保育園を経営する法人の源泉所得税調査を実施したところ、調査対象法人の全てに収入の除外、経費の水増し計上などの事実が認められ、これにより生じた簿外剰余金は、当該法人役員の個人的費消に充てられていたにもかかわらず、所得税の源泉徴収が行われていないことが判明したので、管内で保育園を経営する法人に対し、自主的に源泉所得税の見直しを行い、その結果を書面で報告するように要請した。

ところが、蛍保育園のみが右要請に応じなかったので、被告は、同保育園に対する源泉所得税の臨場調査を実施することとし、その命を受けた草野調査官は、事前に連絡の上、昭和五六年四月に蛍保育園に臨場して同保育園の源泉所得税調査に着手し、翌日からは青木上席も同行して同年の九月ころまで調査を続行した。

右調査の結果、蛍保育園においても収入除外及び給与の水増し計上などを行っている事実が認められ、これにより生じた簿外剰余金は蛍保育園から同保育園理事長に対する認定賞与であることが判明し、これについては所得税の源泉徴収がなされていないことが確認されたので、被告は、昭和五六年一二月二五日付で同保育園に源泉所得税の納税告知処分を行い、同保育園から不服申立てもなく、右納税告知処分は適法に確定している。

二  原告は、蛍保育園が右源泉所得税の見直しに応じなかった理由として、「蛍保育園が現行法上補助金支給の対象とならない児童(自由契約児)を受け入れたのは、監督官庁の要請もあり、現実に適合しない法規と現実に差し迫った必要とのギャップを埋める運用をなすためであったが、これを公然化すれば監督官庁に迷惑がかかるので、その立場上被告に協力することはできなかったのである。」、被告の同保育園に対する源泉所得税の調査は、「社会福祉と法律上の建前とは相当乖離があるという現実を無視して自由契約児の保護者から受領する保育料に課税の目を向けた被告が、これに応じなかった蛍保育園に対し報復的に調査を行ったものである。」旨主張する。

しかし、被告が問題にしたのは、保育園が自由契約児を受け入れていたことやその保育料収入等が公表帳簿に計上されていなかったこと自体ではなく、それによって生じた剰余金を法人役員等が個人的に費消していたのに所得税の源泉徴収がなされていなかったということであり、しかも、被告は、右源泉徴収の見直し要請にあたって、自由契約児の保育料収入についてのみ説明をした事実はなく、右保育料を剰余金の発生原因の一つとして例示したにすぎないものである。蛍保育園の場合は、理事長である志賀トシエに対する認定賞与の額は、自由契約児の保育料収入の額をはるかに上回っていたものであり、自由契約児の保育料収入以外にも簿外の剰余金が生じていたものであるから、ことさらに自由契約児の保育料収入のみを採りあげた原告の主張は失当である。

しかも、他の保育園では自由契約児の保育料収入を含めたところで源泉所得税の是正に応じているのであるから、蛍保育園のみがこれに応じられない理由は考えられない。

被告は、役員等に対する認定賞与等について適正な所得税の源泉徴収を行うよう指導したものであって、自由契約児の保育料収入そのものに対する課税を行った事実はない(法人税法上、社会福祉法人である保育園が受け取る保育料収入は課税対象とはならない。)。「被告が、自由契約児の保護者から受領する保育料に課税の目を向けた」旨の原告の主張は事実に反している。

理由

一  本件課税処分の経緯については、当事者間に争いがない。

二  乙第七号証、第八号証、第三五号証、第七九号証、証人青木誠の証言によれば、被告が蛍保育園と志賀学園に対して税務調査を行ったうえ、納税告知処分をした経緯については、被告主張のとおりであることが認められる。

志賀学園に対する納税告知処分は適法に確定していることが認められる(志賀学園は、被告がした処分に対して一定の不服申立期間内に書面を提出して異議の申立てをしなかったものである。)。

三  原告は、本件税務調査の手続は違法であると主張する。

しかし、青木係官ら被告側の調査担当者の本件税務調査が違法なものであったとする原告本人の供述は、証人青木誠の証言に照らしてにわかに信用することができない。

また、税務調査の瑕疵は、それだけでは直ちにそれに基づく課税処分の取消原因となるものではないと解するのが相当である。行政処分を行うについて手続の適正が要請されることはもちろんであるが、適正な手続で行政処分を行うべきであるということと、手続に瑕疵があった場合に、それが処分の取消原因になるということとは別次元の問題であると考える。

手続の瑕疵は、原則として内容の判断に影響を及ぼすような場合に限って取消原因になると考えるのが相当である。

従って、仮に税務調査が違法なものであったとしても、それに基づく課税処分が客観的な所得に合致する限りにおいては、それは適法なものであるとみるのが相当であって、取消の対象とはならないものと解するのが相当である(税務調査は、課税庁が課税要件の内容である具体的事実の存否を調査するための手続にすぎないものである。その調査の方法、程度のいかん等についての瑕疵は、その処分の内容に影響があるという場合に限って取消原因になるものと解するのが相当である。)。

四  被告が国税通則法二四条の規定による調査により原告に対して本件課税処分をしたものであることについては、乙第八四号証によってこれを認めることができる。

五  本件課税処分の手続は適法である。

六  被告提出の乙号各証と証人青木誠の証言によれば、志賀学園には被告主張の簿外の剰余金が存在していたことが認められる。

七1  原告は、被告主張の給与の水増し計上により生じた簿外の剰余金は、蛍保育園の人件費に充当した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。この点に関する原告本人の供述はそれだけでは採り上げることができない。

2  原告は、志賀学園は長瀬博文から取得した土地に造成費用と土木工事費として四〇〇万円の費用をかけている旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。この点に関する原告本人の供述はそれだけでは信用することができない(原告は、志賀学園がヤマカネ志賀建設に対して造成工事等の費用として四〇〇万円の支払をしたとしているが、これを証する領収証を提出していない。長瀬博文から代金二〇〇万円で買い受けたにもかかわらず、代金六〇〇万円でこれを買い受けたとする領収証が作られているだけである。)。

3  原告は、四倉工作所から土地を代金八〇〇万円で買い受けたにもかかわらず、二四〇〇万円の領収証を受け取っているが、その差額の一六〇〇万円は田畑学園に融資をしたものである旨主張する。しかし、これを認めるに足りる証拠はない。この点に関する甲第八号証の一、二、甲第九号証の一、二(田畑学園の計算書類、決算書類)、第一九号証の一、二(志賀学園の計算書類)、原告本人の供述はそれだけでは採り上げることができない(田畑学園に対する貸付けの日時も金額も明らかでないうえ、これを裏付ける書類も提出されていない。)。田畑学園に対して一六〇〇万円を貸し付けたというのであれば、どうして四倉工作所から代金二四〇〇万円で土地を買い受けたという領収証が作られているのか、にわかに信用することができないところである。

4  原告は、志賀学園は、ヤマカネ志賀建設に対し、蛍保育園の保育室の増築工事と志賀学園の遊戯室の新設工事を依頼して七二〇万円の支払をしたと主張し、甲第七号証の一ないし五(領収証)を提出している。

しかし、乙第七七号証、第七八号証(反面調査メモ)、証人青木誠の証言によれば、志賀学園はヤマカネ志賀建設に対して四三七万円の支払をしただけであることが認められる。甲第七号証の二ないし五は別工事(昇降口その他の増改築工事)をしたものであることは、原告もこれを供述しているところである。

5  原告は、志賀学園はピアノを二台購入した旨主張しているけれども、これを認めるに足りる証拠はない。乙第六二号証の一、二(領収証)は乙第四八号証(反面調査メモ)、証人青木誠の証言に照らしてにわかに信用することができない。

6  原告は、志賀学園には県法幼研究大会費の重複支出はない、志賀学園は誤って二重に伝票を作成しただけである旨主張しているけれども、証人青木誠の証言によれば、事務員の藁谷江子はこれ(二重支出)を認めていたことが認められる。

7(一)  志賀学園は、原告の中国旅行に関して研修費用として八五万六〇〇〇円の支払をしているが、原告の中国旅行をもって志賀学園の業務の遂行上必要なものであることを認めるに足りる証拠はない(甲第四号証には被告主張の疑問点がある。)。

(二)  証人青木誠の証言によれば、被告主張の課税漏れ役員報酬は原告に対する給与所得に該るものであることが認められる。

(三)  原告は、中国旅行に関する認定賞与と役員報酬を給与所得と認定されたことに対して反論をしているけれども、被告主張の疑問点が解明されていない本件においては、この点に関する原告本人の供述はそれだけでは採り上げることができない。

八  証人青木誠の証言と弁論の全趣旨によれば、原告は、志賀学園の理事長として実権を握っていたものであることが認められるから、被告主張の簿外剰余金は原告が管理していたものと認めるのが相当である。原告は、その支払が他にされているというのであれば、その内容を明らかにしなければならないものというべきである。従って、被告がこれを原告に対する賞与として認定したことは相当である(これをもって原告に対する賞与として認定されたとしてもやむをえないものといわなければならない。)。

九  原告の請求は理由がない。よって、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武田平次郎 裁判官 手島徹 裁判官渡部勇次は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 武田平次郎)

物品あっせん等に関する計上漏れ

〈省略〉

リード合奏大会関係

〈省略〉

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